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神戸地方裁判所洲本支部 昭和44年(手ワ)8号 判決 1971年2月23日

神戸市生田区三宮町二丁目一八番地

原告 (反訴被告) 株式会社阪神相互銀行

右代表者代表取締役 志茂源吉

右訴訟代理人支配人 藤原卯一

右訴訟代理人弁護士 西尾正次

同 栗岡善一郎

兵庫県津名郡北淡町室津二四二九番地の二

被告(反訴原告) 岡野政明

右訴訟代理人弁護士 河合宏

主文

原告(反訴被告)の第一次第二次各請求を棄却する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し金五〇万円とこれに対し昭和四四年七月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は本訴反訴を通じ全部原告(反訴被告)の負担とする。

この判決第二項は被告(反訴原告)において金二〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告(反訴被告、以下原告という)

本訴につき

「被告(反訴原告、以下被告という)は原告に対し金二〇〇万円とうち金六〇万円につき昭和四三年一〇月三一日から、うち金七〇万円につき同年一一月一六日から、うち金七〇万円につき同年一二月一日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求めた。

反訴につき

「反訴原告の請求を棄却する。反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする」との判決を求めた。

二、被告(反訴原告、以下被告という)

本訴につき

主文第一項同旨および「訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

反訴につき

主文第二項同旨(ただし付帯請求の起算日を反訴状送達の翌日からと表示)および「反訴の訴訟費用は反訴被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求めた。

第二、原告の本訴請求原因

(第一次的請求原因)

一、被告代理人岡野智勢子(代理権授与の点は第四項で述べる)は署名代理の方法により訴外株式会社山本組(以下山本組ともいう)に対し左記三通の約束手形(以下本件各手形という)を振出した。

1 金額 六〇万円

満期   昭和四三年一〇月三〇日

支払地  兵庫県津名郡北淡町

支払場所 北淡町農業協同組合室津支所

受取人  訴外株式会社山本組

振出日  同年九月一七日

振出地  兵庫県津名郡北淡町

2 金額 七〇万円

満期 同年一一月一五日

3 金額 七〇万円

満期 同年同月三〇日

2および3の手形につき他の要件1のそれに同じ。

二、訴外株式会社山本組は本件各手形を拒絶証書作成義務免除のうえ原告に対し既存債務の担保として裏書譲渡した。

三、原告は本件各手形をそれぞれ満期に支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶され、現にこれらを所持している。

四、(一) 右岡野智勢子(以下智勢子という)は被告の妻であるがいわゆる家つき娘であって被告が被告名義で有する北淡町農業協同組合その他室津、富島等所在の各金融機関との間で有する当座取引その他の銀行取引につき、十数年前から被告の代理人として被告名義の小切手を振出しており、いわゆる家つき娘が普通世帯の切り盛りから営業関係まで一切合財を差配するのが当地方の実態である。

(二) 被告は運輸業を営み、訴外山本組に勤務するかたわらバラス等の売買の業を続け、またその住居の一部を営業所として播淡汽船、阪急内海汽船の切符取扱業、淡路交通バス切符販売業と併わせて養母ふじゑ名義でお好焼屋と駄菓子屋を経営する多角経営型事業家であって、右のうち運輸業以外はすべて妻智勢子に一任し、金銭の収支、小切手の振出し等はもろん外部との交渉等に至るまで同女が主管するところで、同女は中小企業における支配人以上の地位(もし岡野商店が会社組織ならば副社長であろう)と権限を与えられていたものである。

五、よって原告は振出人たる被告に対し、本件各手形金合計二〇〇万円と各手形金につきそれぞれ呈示の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(第二次的請求原因)

六、かりに本件各手形が智勢子によって偽造されたもので被告に手形上の責任がないとしても、前記第四項(二)記載の被告の事業および智勢子の職務内容からみて、同女の本件各手形振出行為は被告の事業の執行についてなされたものというべきであるから、被告は民法七一五条による使用者責任を免れない。

原告は訴外山本組に対して有していた弁済期間到来ずみの手形貸付債権二、一七〇万円の担保として、右山本組から本件各手形の裏書譲渡を受けたものであるが、山本組に対する右債権中三七九万円は回収不能となっている。原告は本件各手形が偽造でなければ被告に請求できる筈の前記手形金とこれに対する満期以降の年六分の割合による利息金債権を取得することができず、同額の損害を蒙った。

よって原告は智勢子の使用者たる被告に対し、第一次請求と同額の金員の賠償を求める。

第三、本訴請求原因に対する被告の認否

一、本訴請求原因第一項は智勢子が被告の代理人であるとの点を否認し、その余を認める。

二、同第二項は否認する。山本組は本件各手形を割引いて貰うために、裏書の記名押印をしたうえ原告に持参したが、山本組の経営内容に不安を抱いていた原告は、一旦これを預ったものの結局手形割引をすることもなく、担保手形として差入れさせる手続もなさないまま、山本組の倒産の日を迎えたものである。このようにして原告は偶々右のごとき経過によって本件各手形が自己の手中に帰したことを奇貨として、山本組倒産後に本件訴訟を提起したものである。

三、同第三項は認める。

四、同第四項中智勢子が被告の妻であっていわゆる家つき娘であること、被告が北淡町農業協同給合室津支所その他若千の金融機関との間で普通預金および当座預金取引を自己名義で行い、預金の預け入れならびに小切手の振出を含む預金の引出について十数年間にわたって智勢子に代理権を付与していたこと、被告が交通機関の切符販売業を営んでいることは認めるが、その余の事実は否認する。いわゆる家つき娘が普通世帯の切り盛りから営業関係まで一切合財を差配するのが当地方の実態であるとの点は時期に遅れた主張である。なお被告は山本組に自動車運転手として雇傭されていたものである。

五、同第六項は否認する。

(一)  本件各手形の振出は智勢子が被告の事業(交通機関の切符販売業)の執行につきなしたものではない。

(二)  原告には何らの損害も発生していない。すなわち、原告は本件各手形を割引取得したものでも担保取得したものでもない。かりに担保取得したとしても、被担保債権はもともと貸倒れ状態にあった既存債権であって、原告が本件各手形取得に際して信用を供与したわけではない。

第四、被告の抗弁

(第一次請求原因に対し)

一、原告は手形法一七条にいう害意ある取得者である。なお、ここにいう害意とは善意重過失を含むものである。

被告はさきに山本組に対し代金三六〇万円で住居の建築を請負わせたが、右代金は以前の貸付金(二〇〇万円)で相殺したほか数回に分割して昭和四三年八月二四日ごろまでに完済していた。ところが同年九月一〇日ごろ山本組代表取締役菅村茂之とその妻昌子が被告不在中に被告方に来り、被告の妻智勢子に対し「山本組があなたの家を建築するについては工事代金はすでに完済されているが、貸金二〇〇万円の分については山本組の帳簿に全く記載がないため、税務署の検査を受ければ脱税している疑いをもたれるおそれがある。ついては税務署に見せるだけにしか利用しないから額面二〇〇万円の約束手形を書いて貰いたい」との申入れをした。智勢子は一旦これを断ったが、菅村夫妻の執拗な懇請に根負けし、同人らの言を信じ、本件各手形を振出した。なお被告は本件各手形の支払場所となっている北淡町農業協同組合その他の金融機関と約束手形振出のための当座取引契約を締結しておらず、手形用紙の交付も受けていない。したがって本件各手形には振出人番号の記載がない。そして、原告が山本組から割引のため本件各手形を預ったことは前述のとおりであるが、正規の金融機関が割引を依頼されて手形を取得するについては、手形振出人に対する振出事実の確認や手形の支払場所となっている金融機関に対する当座取引の有無の確認をするのが当然であるのに、原告はこれを怠っており、これは重大な過失というべきである。

二、右にみたとおり菅村夫妻の右言葉は虚偽であって、智勢子による本件各手形の振出は菅村夫妻の詐欺によるものであるから、智勢子は昭和四三年一〇月一六日江崎モータースの二階において山本組代表者菅村茂之に対し、本件各手形に関する意思表示を取消す旨の意思表示をした。

(第一次および第二次各請求原因に対し)

三、原告は山本組の主力取引銀行であるが、山本組の銀行取引開始に当っては原告と取引のある地元有力者数人が連帯保証をしている。そしてこのような保証人は保証契約に瑕疵なくかつ十分な資力を有するのに、原告はこれらに対しおよそ交渉らしい交渉をなさず、きわめて問題の多い本件訴訟を提起すること自体権利の濫用であって許されない。

(第二次請求原因に対し)

四 原告が本件各手形を担保取得して手形金額と同額の損害を蒙ったとしても、その取得に際し、原告には前記のとおり重大な過失があったものであるから、過失相殺がなされるべきである。

第五、抗弁に対する原告の認否

抗弁第一、二項および第四項の事実は否認する。同第三項の事実関係は争わないが、債権者が誰れに対して訴求するかは自由であり、また訴求すること自体は権利であるとともに、原告のごとき銀行にあっては預金者に対する義務である。

第六、反訴請求原因

一、原告は本件各手形に基き本件本訴を提起し、かつこれよりさき昭和四四年一月二八日被告を債務者とする仮差押決定(昭和四四年(ヨ)第八号事件)を得て、被告所有の兵庫県津名郡北淡町室津字浜二四二九の二、二四二九の二二合併、家屋番号二五五番の二、木造瓦葺二階建店舗兼居宅、床面積一階六一・八〇平方米、二階六一・八〇平方メートルにつき仮差押の執行をした。

二、しかして、前述のとおり原告は本件各手形については権利行使しうる何らの権限を有しないものであり、原告は左記(一)、(二)のとおりこれを知悉しまたは過失により知らないで右各所為におよんだものであるから右各所為は被告に対し不法行為を構成する。

(一)  すでに本訴請求原因に対する被告の認否第二項において述べたとおり、原告は本件各手形を山本組から割引いて欲しいとの依頼を受け、その割引適格性について審査するとの口実のもとに本件各手形を預り保管中偶々山本組が倒産したのであるから、本件各手形を山本組に返還すべきであるのにこれをなさず、本件各手形については権利行使しうる何らの権限がないことを知悉しながら、前記各所為におよんだものである。

(二)  原告は昭和四三年一一月六日には智勢子から、被告の抗弁第一項で述べたとおり「本件各手形は智勢子が菅村夫妻にだまされて見せ手形として振出したものであり、被告自身が振出したものではない」との説明をうけており、右説明は菅村夫妻の面前でなされたが、菅村夫妻もこれにつき否定しなかったのであるから右説明は疑う余地がない。しかりとすれば本件本訴は原告にとって全く勝訴の見込のないものである。手形の第三取得者は表見代理理論によっては保護されない旨の確固たる判例があることぐらいは銀行業務を営む原告において容易に知りえた筈である。原告は勝訴の見込の全くないことを知っていたか過失により知らなかったものである。

三、被告は原告のかかる不当訴訟に対し、自らの財産および権利を防衛するため、昭和四四年四月二三日弁護士河合宏に事件を依頼し、着手金一五万円と一回出廷するごとに三千円の日当ならびに出廷交通費と全部勝訴の場合は三〇万円の成功報酬(一部勝訴の場合はその勝訴割合による)の支払を約した。

四、法律にうとい被告は前記仮差押および本件本訴の結果近日中に前記建物が競売に付されて、家族もろとも路頭に迷うのではないかとの不安にさいなまされつづけて来た。また妻が手形偽造した場合、事情のいかんを問わず夫に支払義務があるとの俗説を信じたために原告から前記仮差押を受けるや、家庭内の緊張が増大し離婚の危機に瀕した。このように被告は原告の不当訴訟によって筆舌に尽しがたい苦痛を受けたので、これを慰藉するには金二〇万円をもって相当とする。

五、よって被告は原告に対し弁護士費用のうち三〇万円と前記慰藉料二〇万円の合計五〇万円(ただし弁護士費用と慰藉料は適宜融通されたい)とこれに対し本件反訴状が原告に送達された日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第七、反訴請求原因に対する原告の認否

一、反訴請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項は否認する。これに対応する原告の主張はすべて本訴の請求原因として述べたとおりである。

三、同第三項中報酬契約の点は不知。

四、同第四項は否認する。

証拠≪省略≫

理由

一、原告主張事実のうち、被告の妻岡野智勢子が被告を署名代理する方法で、原告主張のような手形要件の記載のある本件各手形を山本組に対して振出したこと、山本組はこれらに裏書署名をしたうえ原告に交付したこと(この限度において)、原告が各満期に支払場所に支払のため呈示したが支払を拒絶され、現にこれらを所持していることは当事者間に争いがない。

二、まず、右智勢子が本件各手形振出の代理権を有していたか否かにつき判断する。

≪証拠省略≫によれば、同人が本件各手形を振出した理由は被告の抗弁第一項記載のとおりであると認められ(ただし時期は九月一七日ごろ)、これに反する証拠はない。

原告は本件各手形に振出につき、智勢子が被告から個別的に明示の授権を得たと主張しているわけではなく(もちろんさような事実は認められない)、本訴請求原因第四項(一)、(二)記載のような理由により、智勢子が本件各手形の振出権限を含む包括的代理権を持っていたと主張している。そしてその主張事実のうち、智勢子がいわゆる家つき娘であること、被告が北淡町農業協同組合室津支所その他若干の金融機関との間で、普通預金および当座預金取引を自己名義で行い、預金の預入れならびに小切手の振出を含む預金の引出について十数年間にわたって智勢子に代理権を付与していたことは当事者間に争いがないが、原告の本訴請求原因第四項(一)のうちその余の事実(いわゆる家つき娘が一切を差配するとの点)を認めるに足る証拠はない。なお原告の右主張は従前の主張を強化したにとどまりこれがため訴訟の遅延をきたすものではない。また≪証拠省略≫によれば、被告は北淡町農業協同組合と当座取引を有するが、手形取引契約を結んでおらず、したがって手形用紙の交付も受けておらず、かつ、本件以外には支払場所の如何を問わずかつて手形を振出したことのないことが認められ、これに反する証拠はない。右によれば、手形の振出は全く予想外のことというべく、被告が智勢子に対しいかなる手形にもせよ、その振出権限を与えていたものとは認めがたいので、右(一)の観点からする主張は採用できない。

また原告は、智勢子は岡野商店すなわち被告の支配人以上の地位と権限を有していたと主張する。なるほど被告が交通機関の切符販売業を営んでいたことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、被告は右切符販売業をほとんど智勢子にまかせていたことは認められるも、当時被告は山本組の一従業員として自動車を運転していたものにすぎないこともまた認められるのであって、切符販売業に関し智勢子に相当程度の権限はあったとしても、本件各手形は前記認定の事情のもとに振出されたものであって、右切符販売業の範囲に属するものとはいえず、同(二)の観点からするも智勢子が被告の代理権を持っていたものとは認めがたい。

三、つぎに第二次的請求(使用者責任)についてみるに、その損害についての原告の主張は、本件各手形は山本組の既存債務の担保のため取得したものであるが、本件各手形が偽造でなければ、被告から手形金の支払を受け得られ、したがって、山本組に対する債権も一部回収できるのに偽造であるためそれができず、同額の損害を蒙ったというものであるところ、偽造手形の取得と因果関係のある損害とは、手形授受の際の出捐に伴って生ずる損害と解するを相当とするから、他に主張立証のない本件にあっては、原告が損害を蒙ったものとなしえない。

四、以上のところから原告の本訴請求は第一次第二次各請求ともに棄却を免れないが、なおつぎに判示するとおり原告は本件各手形の権利者でないとみられるところからも理由のないものである。

五、山本組が本件各手形に裏書署名をなし、これを原告に交付したことは当事者間に争がないので、原告は本件各手形の権利者と推定されるが、原告はさらに進んで本件各手形は山本組の既存債務の担保として取得したものであると主張し、被告はこれを否認している。ところでかように取得者において取得原因を主張している場合、その取得原因が否定されるときは他の取得原因がすべてないことを確定しなくとも、その取得者を無権利者と認めてさしつかえないものと解する。以下証拠をみよう。

証人中小路博通(第一回)は山本組社長菅村茂之の妻菅村昌子は昭和四三年九月一八日原告洲本支店に来て、本件各手形を山本組の既存債務の担保として交付し、かつ、甲第四号証(担保品差入証書)に記名押印して原告にさし入れたと供述している。そして同証人の証言によれば、同人は原告洲本支店において支店長、次長の次に位する支店長代理のうち、第二順位にあることおよび貸付係として右手形授受の衝に当ったことが認められるので、右供述は信用あるべき銀行員の供述として通常なら信を措くのが当然である。しかし以下の理由により右供述は結局信用できない。

成立に争のない甲第六号証の一、二(先日付手形授受簿)によれば、本件各手形は同日(九月一八日)付で同帳簿中の7518ないし7520番に登載されていることが認められる。そして同証人の証言によれば先日付手形授受簿には商業手形(割引手形)を除く他の手形が登載されることになっていること(したがって先日付手形授受簿の記載によっては本件各手形が担保手形であるか、否かは判別できないことになる)、これとは別に商業手形、担保手形、代金取立手形をそれぞれ別々に登載した帳簿のあることが認められる。したがって本件各手形が登載されている筈の担保手形の帳簿の提出があれば原告の主張の真偽はたちどころに判明するわけであるが、本件においては、これの提出がないため混迷の度を深めている。

甲第一ないし第三号証によれば、本件1の手形表面右肩に(イ)「代手No.7518洲本阪神」なる記第番号(印によって消されている)と(ロ)「阪神相互洲本(他代)00095」なる記号番号があり、本件2の手形には(イ)「代手No.7819洲本阪神」なる記号番号(二本の斜線で消されている)と(ロ)「阪神相互洲本(他代)00172」なる記号番号(二本の斜線で消されている)と(ハ)「阪神相互洲本商07519」なる記号番号があり、本件3の手形には(イ)「代手No.7520洲本阪神」なる記号番号(二本の斜線で消されている)と(ロ)「阪神相互洲本商07520」なる記号番号が記載されていることが明らかであり、証人中小路博通の証言によれば、本件2の手形の(ハ)の番号は同(イ)の番号を、本件3の手形の(ロ)の番号は同(イ)の番号を便宜流用したことが認められる。そしてこのことと弁論の全趣旨によれば本件各手形はいずれも担保手形帳簿に登載のないことがわかるのである。

また本件各手形の右のような記号番号の変遷につき、証人中小路博通(第一回)は「本件1の手形については一応代手の番号で取立にまわしたところ契約不履行で返却されてきた。しかし実質は担保の扱いということで山本組の承諾を得ているのだから、これは担保の商手としなければいかんということで、本件2および3の各手形については代手の番号数字を商手の番号数字として取立にまわした」、当初代手表示をしたことにつき、「本件各手形は実質の取引からすれば商手であるが、商手ということにすれば元帳と合致しなければいけない」、「この場合代手の番号でないととれないので代手表示は誤ていない」、のちに商手表示をしたことにつき、「事務上の扱いとしては商手とはできないが、実質は山本組から担保として預ったので商手とした」、「そして実質銀行の取扱いというものについて、私の方としては山本組の承諾のうえ担保手形であるということでやったのだから商の表示をしなければいけないということで商を入れた」、一時預かりを別として商手、代手、担手の三種類しかなく、それからすれば本件各手形は担手になるのではないかとの問に対し、「この扱いについては商の番号を打ったことは間違いです」、担保手形の表示は何故しなかったとの問に対し、(答なし)、「本件2および3の斜線は取消の意味でつまり代手から商手に振替えた」、「しかし代手の番号を流用するようなことはやったことがない」旨供述していて全く理解困難である。

なお同証人はのちにも(第三回)種々供述するがしかし明瞭なものではない。

つぎに成立に争のない甲第三号証は中小路博通により起案、作成されたことが同証人の証言(第一ないし第三回)により認められるところ、同号証では山本組は割引依頼人と表現されており、担保提供者とはなっていないことが明らかである。この点につき同証人は右は誤認であり、安易に書式集によった結果である旨供述し、右供述はすでに第一回証言において現われ、その後さらに二度証言の機会があったのに、誤記するに至った理由については右供述を出ない。

また同証人が本件各手形につき実質は山本組から担保として預った旨強調していることは、本件各手形上の番号記号の変遷についてみたとき掲記したところから明らかであるので、つぎに山本組の事情についてみることとする。

証人菅村茂之、同菅村昌子は本件各手形は割引いて貰うため山本組事務所において居合わせた原告従業員に交付したものでる。甲第四号証のことは知らないと供述している。そして山本組においては当時自己振出の手形を落すための資金づくりに迫られていたことは≪証拠省略≫により認められているので、山本組において本件各手形を原告に交付した動機についての同証人らの供は肯認できる。また甲第四号証には昭和四三年九月一八日入手の本件各手形のほか、同月一一日に原告が入手したこと証人中小路博通の証言(第一回)により明らかな訴外大塚喜文振出の金額各五〇万円の約束手形二通もその差入担保商手明細中に記載されている。この大塚振出分を担保とすることの合意が右の九月一一日にすでになされていたものか、本件各手形と同様に九月一八日になされたものであるかは同証人の証言によるも明らかでないが、前者だとすれば、原告へ持参しても既存債務の担保としてしか受取って貰えず、したがって当面の手形決済には役立たないことがわかっている山本組が、さらに同趣旨の担保として前記認定のとおり岡野智勢子を騙してまで本件各手形を入手した理由をみいだしがたく、後者だとしても、即座に山本組のとくになるわけではないのに担保に差入れて違法の上ぬりをするとは考えがたい。

なお甲第四号証には日付の記載がないが、山本組による担保提供の意思表示が右九月一八日以後に行なわれたとする主張立証はない。

さらに証人中小路博通の証言(第一回)によれば、甲第四号証中の差入担保商手明細は内規に反し同人において記入したことが認められるが、それはともかくとして、証人菅村茂之、同菅村昌子の各証言によると、右甲第四号証が山本組の意思に基かずして作成される機会がなかったとはいえないことが認められる。

右のところから、本件各手形取得についての証人中小路博通の証言は信用できず、他に原告の主張に副う証拠もない。

以上のところから山本組は原告に対し本件各手形の割引を依頼したが、原告はすぐにはこれに応じず、その諸否につき検討するとしてこれらを預かり、先日付手形授受簿に登載したが、結局割引にも応じず、かつ、山本組からのちにも担保差入れの承諾を得なかったものと認められるので、原告は本件各手形につき無権利者であって本件各手形を保有する権利を有しないものといわなければならない。

六、右のように本件各手形につき原告は無権利者であり、前項認定の点について原告はこれを十分知っておりながら、当事者間に争のない被告主張の仮差押および本件本訴を提起、追行したものというべきであるから、その余の点(反訴請求原因第二項(二))について判断するまでもなく、これら所為は被告に対し不法行為を構成するものといわなければならない。

そして本件本訴に対し被告が弁護士河合宏に訴訟委任をなしたことおよびその出廷回数は当裁判所に顕著であり、≪証拠省略≫によれば、反訴請求原因第三項およびおおむね第四項の事実を認めることができ、以上の事実と、本件は法律上、証拠上かなり困難な事件であること、≪証拠省略≫によると、中小路博通は本件本訴提起前において、被告に対する過大な利息要求をにおわせたり、今にも執行官が来て家屋が競売されるかのように言ったことが認められること、なお本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、損害賠償として弁護士費用三〇万円と慰藉料二〇万円の合計五〇万円と、これに対し記録上おそくとも本件反訴状が原告に到達した日の翌日であると認められる昭和四四年七月二五日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被告の本件反訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

七、よって原告の本訴請求は第一次第二次請求ともこれを棄却し、被告の反訴請求を認容し、訴訟費用は本訴、反訴を通じ敗訴した原告の負担とし、仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上美明)

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